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【インタビュー】誰もが自分らしさを尊重できる社会へ。アライアスリート 寺田明日香が語る多様性とスポーツの未来
プライドハウス東京では、2022年より「アライアスリート」の輪を広げるべく活動を続けています。
アライ(ally)とは、「同盟、味方」などを表す言葉です。LGBTQ+当事者の味方として共に行動する人たちを総称してアライといい、LGBTQ+当事者もアライになることができます。
アライアスリートは、そのようなアライであることを公言し、スポーツ界から社会を動かすアクションを一緒にしていくアスリートです。プライドハウス東京が主催するイベントや研修に登壇し、自身のSNSでも情報発信を行うなど、精力的な活動を続けています。
今回は、陸上女子100mハードル選手の寺田明日香さんにインタビューを行いました。寺田さんは2013年に陸上競技の現役選手を引退後、結婚や大学進学、出産を経て、2016年に7人制ラグビーに転向し、その後2019年に再び陸上競技へと復帰した経歴の持ち主です。ラグビー選手時代にLGBTQ+当事者である村上愛梨選手と親しくなったことで、彼女の力になりたいと、アライアスリートになることを決めた寺田さん。ジェンダーにとらわれることが少なかった学生時代の経験や、アライアスリート研修で得た学び、今後の活動への想いなど、詳しく話を聞きました。
■プロフィール
寺田明日香/陸上女子100mハードル選手、元7人制ラグビー選手
1990年生まれ、北海道出身。小学4年生から陸上競技を始め、高校1年時に本格的に100mハードルを始めた。2008年、日本選手権で100mハードルにおける史上最年少での優勝を掴む。2009年には世界陸上ベルリン大会に出場、アジア選手権では銀メダルを獲得。2013年に現役を引退。結婚、大学進学、出産を経て、2016年夏に7人制ラグビーへ転向。2017年からは同競技の日本代表練習生として活動した。2018年にラグビー選手を引退。2019年より陸上競技に復帰。日本記録(当時)を3度樹立するなど数々の大会で記録を残し、2021年には東京五輪に出場。日本人では同種目21年ぶりとなる準決勝進出を果たした。2023年には日本選手権で優勝し、自身3度目の世界陸上に出場。2025年シーズン限りで第一線を退くことを発表した。
ジェンダーレスな格好を貫いて過ごした、学生時代の原体験
——改めて、アライアスリートになろうと思ったきっかけを教えてください。
大きなきっかけは、友人の村上愛梨さんの存在でした。彼女とは、私が2016年に7人制ラグビーに転向した際、チームメイトとして出会いました。彼女も異種目からの転向経験がある同世代の選手だったので、すぐに仲良くなって、「愛ちゃん」と愛称で呼ぶくらいとても親しくなったんです。
そんな愛ちゃんが、LGBTQ+当事者として、アライアスリートとして活動する姿を見て、私も何か役に立てないかと感じました。愛ちゃんだけでなく、LGBTQ+当事者の方々を含め、この社会の中で何か困っている人に貢献できるようなアクションができたら。そう思ったことで、アライアスリート研修を受講することに決めました。
>村上愛梨さんインタビュー記事
【インタビュー】LGBTQ+当事者として紡ぐ言葉が、誰かを支え、社会を変えるきっかけになれば。アライアスリート 村上愛梨を突き動かすもの
——ラグビー選手時代に、村上選手と友情を築いたのですね。
そうなんです。仲良くなったことで、愛ちゃんから、当時付き合っていた女性の恋人の話を聞いたこともあります。そのとき、自分の過去を振り返ってハッと気がついたことがありました。
というのも学生時代、女の子の友達から好意を伝えてもらうことがあったからです。でも、当時の私は女性同士でパートナーになれることを知らなかったので、相手が伝えてくれる「好き」がどういう意味なのかよく分かりませんでした。なので、友達や人として好きだなと思いながら、好意を伝えてくれた子と接していました。
それから十年以上の月日が経って、愛ちゃんと出会ったことで、あの時の「好き」の意味がようやく分かったんです。パートナーとして、私と一緒にいたい。そういう思いで好意を伝えてくれていたのだと理解できたとき、「男でも女でも、好きになったのなら、パートナーはどちらでも良かったな」と思いました。結果として私は男性を好きになり、パートナーに選びましたが、社会に根強く残る価値観の影響を色濃く受けていた部分もあったかもしれません。異性をパートナーにするのが当たり前だと疑いなく思っていましたが、誰しも好きになった人と一緒にいていいんです。そのことにもっと早く気がついていれば、また違った人生の歩み方もあったのかもしれません。
―—学生時代の原体験について、もう少し詳しく聞かせてください。寺田さんは当時、どんな子どもだったのでしょうか。
どちらかと言えば、ボーイッシュな子どもでした。小学生の頃からスポーツをしていましたから、ズボンなどの動きやすい服装が好きで、髪も短く、男子と活発な動きをして遊んでいました。
中学校の制服も、女子の中で一人だけ、スカートではなくスラックスを履いて通学していました。私の通っていた学校は、当時から女子がスカートとスラックスから制服を選べるようになっていたのですが、女子用のスラックスは他と少しデザインが違って、身につけるとすごく目立つ柄が入っていたんです。母から「あんた、本当にそっちでいいの?」と心配されましたが、3年間ずっとスラックスを貫き通しました。その後進学した高校はセーラー服だったので、スカートを選ばざるを得なかったのですが、下にジャージのズボンを穿いて、いわゆる「埴輪ルック」で過ごしていましたね。
科学的なデータに基づいて、理想のスポーツ環境を考え続けるべき
——アライアスリート研修を受講して、どんな学びを得られましたか?
大きく3つの学びや気づきがありました。1つ目が、現在の日本社会の空気を知れたことです。LGBTQ+当事者の方々も含め、多様な背景を持つ人が生きやすい社会にするための取り組みに、反対意見を述べる人が意外と多いこと。その事実に驚きました。とはいえ、アライだと思っている私自身も、もしかしたらこれまでに愛ちゃんをはじめとした当事者の方々が傷つくことを言ってしまっていたかもしれません。我が身を振り返る良い機会にもなりました。
2つ目が、同意を得ずに人の性的指向や性自認を他者に伝えてしまう「アウティング」について考えるきっかけとなったこと。悲しいことではありますが、これまでにアウティングと思わしき場面に何度か遭遇したことがあります。そのとき、私はどんな態度をとって、どんな言葉を発すればよかったのか。とても難しい問題と向き合い、深く考えることもできました。
3つ目が、多様な背景を持つ人が安心してスポーツに挑める環境づくりについて改めて考えられたことです。2024年のパリ五輪でもDSD(性分化疾患:Disorder of Sex Development または性分化における多様な発達:Differences of Sex Development:)の選手の出場などに関して、本当に様々な議論が沸き起こりましたが、果たしてどのようなルールや条件を設けることが最適な競技環境の構築につながるのか、非常に難しい判断を迫られるなと感じました。特に陸上のような瞬発力が求められる競技は、身体のつくりの差が顕著に結果に出てしまいます。すべての人が競技に挑戦でき、楽しめる環境を作ろうとした時に、ルールを作る過程でそれが人権侵害になってしまうことがあるのか、当事者の方々はどんな風に感じているのか、そういったことを知り、考えることができて、とても有意義な時間となりました。
——3つ目の気づきについて、もう少し深堀りして伺いたいです。ルールや出場条件の設定の部分も含めて、どのようなスポーツ環境を作れたら理想だと思いますか?
その問いは研修を終えてからもずっと考え続けているのですが、まだ腑に落ちる答えは出ていません。例えば、馬術のように、競技によっては、性別によるカテゴリー分けを行わずに試合を行うこともできると思います。一方で、私の主戦場である陸上競技やボクシングといった競技には、身体的な性差によるパフォーマンスの違いはあるのか、慎重に議論を重ねなければ、競技面での公平性が担保されなかったり、場合によっては、命を危険な状況に追い込む可能性もあります。
多様な性の在り方があることを認めつつも、人権や安全性、公平性の観点から見たときにどのようなルール作りをすべきなのかは本当に難しい問題です。日本では実際に起こった出来事のインパクトや感情論が先走って議論が展開されやすい気がしていますが、科学的な根拠も周知していきながら、今後も議論を続け、落としどころを見つけていくしかないのかなと思います。
ただ、ユースのスポーツ現場をトップアスリートと同じようにすべきかについてはきちんと考える必要があります。いくつかの国際競技団体のトランスジェンダー女性の出場要件に関する議論では、第二次性徴期を移行する前の性別で迎えたかどうかがポイントになっています。しかし、ユースのスポーツ大会においては、出生時に割り当てられた性別に基づくカテゴリーでの大会設計をしないでほしいなと思います。性別でトライできる種目や出場できる大会が変わらないよう、スポーツ界全体で意識していく必要があると思います。
※トランスジェンダー選手らの出場規程については、その科学的根拠の蓄積の必要性やスポーツ科学者の中でも相反する議論があることから、国際オリンピック委員会(IOC)は、2021年11月、「性自認や性の多様性に基づく、公平で、包摂的で差別のない枠組み」を発表。トランスジェンダー選手や、DSDsの女性アスリートが出場できるカテゴリーの基準は、国際的に認められた人権の尊重、確固たる根拠、およびアスリートとの協議に基づいた包括的なアプローチによって、各競技の特性を踏まえて、競技団体ごとにルール化することを求めている。
視野を広げ、固定観念を打ち破ることで社会は少しずつ変わる
——現在の社会の空気を変え、あらゆる人が生きやすい社会をつくるために、どんなアクションが必要でしょうか。
これもまた、非常に難しい問いですよね。まず一つ言えるのは、例えばLGBTQ+の話題に触れたとき、もしも拒否感や違和感を少しでも感じたのなら、その理由を冷静にじっくりと考えてみることだと思います。私たちは日頃から、テレビ番組や友人・知人関係など、周囲の物事から大きな影響を受けています。もしかしたら、今自分の中にあるその考えは、時代や社会に「そう思わされているだけ」なのかもしれません。その意味では、Z世代などの若い世代は、かつての日本が持っていた強固な価値観から少しずつ自由になり、自分の「自分らしさ」を大切にしつつ、相手の「自分らしさ」も尊重できる人が多いように感じます。彼らが社会を担う存在となったとき、きっと日本は大きく変わる。現在の社会を変える努力をしつつも、未来に期待をかけたいところです。
——寺田さんは今後、アライアスリートとしてどのような活動を考えていますか?
アライアスリートとしては、私が求められた場所でしっかりと役割を果たせたらと考えています。企業や学校での講演、陸上教室での子どもたちへの授業など、私にできることがあれば、お役に立てたらなと思っています。
——ちなみに、寺田さんは子どもを育てる女性アスリートとして、日本のスポーツ界ではマイノリティの立場を経験されています。そうした経験は、アライアスリートとしての活動に活きていますか?
活きている部分は少なからずあるように思います。そもそも「ママアスリート」という言葉は、性別によって家庭などで担う役割や活躍できるフィールドに差があるからこそ生まれてしまう表現。この言葉を使わずとも良い未来をたぐり寄せるためには、個々の身体のつくりや特徴の違いを知り、一人ひとりが目の前にいる相手のことを尊重できるようなベースを作っていくことが大切だと考えています。そのためにも、私は現在、学校などで若い世代に向けて、女子アスリートの心身のコンディションやケア、変化などについて伝える活動を続けており、こうした活動がいつか花開いたとき、現在よりも良い社会に一歩近づいていれば嬉しいなと思います。
——最後に、読者へのメッセージをお願いいたします。
LGBTQ+当事者の方々は、日々大変なこともあるかと思いますが、どうか罪悪感を持たずに、自分の気持ちを大切にしていただきたいです。自分のことを話すのも、話さないのも、皆さんの自由ですから、無理のない範囲で自分を大切に過ごしてください。
そして、1人の子を育てる保護者の観点からも、一言お話させてください。もしも今、自分の子どもが「女の子だけどボーイッシュな格好が好き」とか、「男の子だけどかわいらしい人形で遊ぶことが好き」といった状況にあっても、ぜひそこまで心配をしないでいただきたいなと思います。たとえその子がどんなものが好きであろうと、それはすべて個性です。将来、どこかでその好みや個性、特技が武器となる日がくると思います。従来の「男らしさ」「女らしさ」にとらわれることなく、その子のありのままを受け止めてあげてほしいです。私もそういう親であれるように、意識し続けたいと思います。
最後に、すべての人にお伝えしたいのが、日頃からできるだけいろいろな人とコミュニケーションをとってみてほしいということです。限られたコミュニティの中にとどまっていると、物事の見方や考え方が狭まってしまいます。この世界は広く、本当に多様な人がいるのだということを知り、理解するには、外に出て、たくさんの人と関わり、話をするのが一番です。多くの人が時代の変化に気づき、自分の中の固定観念を打ち破ることができれば、この社会は少しずつ良い方向へと変わっていくのではないでしょうか。
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