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【座談会・前編】聴覚障害のある選手が参加するデフスポーツとは?魅力や課題を語り合う
プライドハウス東京では、2022年より「アライアスリート」の輪を広げるべく活動を続けています。
アライ(ally)とは、「同盟、味方」などを表す言葉です。LGBTQ+当事者の味方として共に行動する人たちを総称してアライといい、LGBTQ+当事者もアライになることができます。
アライアスリートは、そのようなアライであることを公言し、スポーツ界から社会を動かすアクションを一緒にしていくアスリートです。プライドハウス東京が主催するイベントや研修に登壇し、自身のSNSでも情報発信を行うなど、精力的な活動を続けています。
今回は、2024年にアライアスリート研修を受講したデフ(※)サッカー指導者の植松隼人さん、陸上競技のデフアスリート 門脇翠さん、デフ女子サッカー日本代表選手の久住呂文華の3名をお招きし、座談会を実施しました。デフスポーツの現在地や日本のスポーツ界に対して感じる課題、アライアスリート研修を通じて得られた学びなどについて、たっぷりと語っていただきました。
※デフ:英語で「聴覚障害がある」「耳が不自由」を意味し、日本では聴覚障害がある人を指す言葉として使われている。なお、欧米圏を発端に、単語の冒頭を小文字にするか、大文字にするかで言葉が表現するニュアンスが異なる。「deaf」は難聴・失聴の症状、身体障害の支援あるいは治療のため、医療補助や社会福祉を必要とする状態を指すが、「Deaf」は聴覚障害のある人への差別に対抗するカウンターカルチャーの意味合いを持つ。
■プロフィール
植松隼人/デフサッカー指導者、品川区公式デフリンピックサポーター
サインフットボールしながわ代表兼コーチ。日進工具株式会社所属。先天性の聴覚障害があり、小学生時代はスポーツに親しんで過ごした。2010年、デフフットサル日本代表に選ばれ、国際大会等で活躍。その後、デフサッカー日本代表コーチ、監督を経て、2023年にはデフサッカーW杯で準優勝という過去最高成績を残す。現在は、品川区公式デフリンピックサポーターとして、デフリンピックの啓発や、企業・自治体への講演活動などに従事。子ども向けサッカースクールのコーチと運営にも携わっている。
門脇翠/デフアスリート(陸上競技 100m、200m)
東京パワーテクノロジー株式会社所属。先天性の感音性聴覚障害がある。中学校の部活動をきっかけに陸上競技を開始し、2012年よりデフ陸上競技日本代表として活動。これまでに数々の代表選抜・受賞歴があり、2015年には「第8回アジア太平洋ろう者競技大会」では、100m走で1位、200m走で1位、4×100mリレーで1位に輝く。2016年の「第3回世界デフ陸上競技選手権大会」では、200m走で準決勝進出を叶え、4×100mリレーでは5位に入賞。現在は会社員として働きながら、デフアスリートとしての活動を行う。デフリンピック陸上競技100m走、200m走の日本代表候補選手。(取材当時)
久住呂文華/デフ女子サッカー選手
日本経済大学 経営学部 経営学科3年生。東京都出身。現在は同大学の福岡キャンパスに通っていることから、福岡県を拠点に活動中。3歳からサッカーに親しみ、小学4年生の頃にデフサッカーと出会う。2018年、「第4回アジア太平洋ろう者サッカー選手権大会」で、チーム最年少の中学2年生で日本代表に選抜。優勝を手にする。2022年に開催された「第24回夏季デフリンピック競技大会ブラジル2021」や、2023年の「第4回ろう者サッカー世界選手権大会」などに出場。現在は、「東京2025デフリンピック」出場に向けて活動中。(取材当時)
交流が広がり、社会貢献にもつながる。スポーツに取り組む醍醐味とは
――まずは、皆さんがスポーツを始めたきっかけについて教えてください。
久住呂:私がサッカーと出会ったのは、3歳のときです。父も兄もサッカーが好きで、特に兄はサッカーを習っていたので、その練習について行った際、目の前にあったボールを蹴ったのがすべての始まりでした。それから17年間、ずっとサッカーをプレーし続けています。
門脇:陸上競技を始めたのは、中学校の部活動がきっかけでした。もともと小学生の頃から走るのが好きで、駅伝大会やリレー大会の選手に選ばれていたこともあって、「走ること」に関しては人よりも得意なのかもしれないと思い、陸上部への入部を決めました。
植松:実は僕は、幼い頃からサッカーに親しんできた人間と思われることが多いのですが、もともとは野球少年でした。この話は、今までどこにもしたことがありません(笑)。小学1年生の頃から野球を始め、少年野球チームに所属して、練習を続けていました。そんな僕がサッカーに目覚めたのは、小学5年生のときです。放課後、教室の窓からクラスメートがサッカーを楽しんでいる様子を見ていたところ、その子が僕に「こっちにおいでよ」と手招きしてくれました。それでクラスメートに交じってサッカーをやり始めたら、とてもおもしろくて、思いのほかハマってしまって。小学5~6年生の頃は、野球とサッカーを掛け持ちでプレーするようになりました。その後、中学校で競技をひとつに絞る際、野球肘をやってしまったこともあり、野球を続けることを断念。サッカー一本に絞って活動してきました。
――スポーツに取り組む醍醐味は、どのような点に感じますか?
久住呂:「誰でもできて、楽しめるところ」でしょうか。私は、スポーツは、性別や国籍、障害の有無に関係なくできるものだと思っています。聴覚障害がある私たちも、競技そのものを楽しむことができるし、結果を残すことだってできる。誰にでも門戸が開かれている点は、スポーツの大きな魅力だと思います。
植松:スポーツを通じて、人との交流が広がっていくのも醍醐味です。僕は現役を引退した今も、スポーツがあるから、いろいろな人とのつながりが生まれ、仕事に結びついていると感じています。僕の人生からスポーツを切り離すことはできないなと思います。
門脇:植松さんの話に同感です。私も、スポーツをやることでいろいろなつながりができ、たくさんのチャンスをいただけたと感じています。特にデフスポーツと出会ってからは、手話を勉強して、聴覚障害のある方も含めて本当に多様な方とコミュニケーションをとるようになりました。新しいコミュニティに入り、その中で新しい発見を得られる。これは、スポーツに取り組む魅力のひとつなのではないかと思います。あとは、デフアスリートとして活動する中で、社会をより良いものに変える一助となれている実感もあり、そうした点にも私はやりがいを感じています。デフスポーツの認知度向上によって、聴覚障害や手話への理解が進み、聞こえない人も聞こえる人も暮らしやすい社会になればいいなと思います。
久住呂:分かります。私も、自分の活動を通じて、いろいろな方に夢や希望を届けられているのではないかと思っていて。誰かの人生に良い影響を与えられることも、スポーツをやる醍醐味ですよね。
▲久住呂文華選手(写真右)の試合中の写真
デフアスリートとして、日々の活動で感じる課題
――デフアスリートとして活動する中で、日本のスポーツ界に対して壁や課題を感じたことはありますか?
門脇:私の場合は、「情報保障(※)」の点で壁を感じることが多いです。例えば、私は、耳の聞こえる人たちも参加する陸上競技大会に出場することがあります。そうした大会では、手話通訳など、デフアスリートをサポートする仕組みが完全には整っていないことも多いもの。私たち聴覚障害のある人は、見た目から障害の有無を判断しづらいため、聴者と同等に扱われてしまうこともよくあります。そのため、手話通訳者がいなかったり、音で発せられた情報を補足してくださる方がいなかったりすると、やはり大会出場中は「集合時間を間違えていないだろうか」「呼び出しに気づいていなかったらどうしよう」と不安になります。
▲門脇翠さんの競技中の写真
※情報保障:耳の聞こえない人に手話や文字などを利用して周囲の音情報を伝えたり、手話や文字などを利用して発せられた情報を音声に変えたりして、その場にいるすべての人に情報を届けること。イベント等の場で、障害の有無などにかかわらず得られる情報が等しく同じ量になるようにし、その場への対等な参加を保障する取り組みのこと。
植松:大会やイベントで、手話通訳者が不在というケースはよく見かけます。僕は以前、主催側で聴覚障害のある人の参加を想定しておらず、手話通訳の予算をとっていないために、通訳をつけるなら自費で準備をしてほしいとお願いされたこともありました。
――門脇さんが主戦場とされている短距離走は、いかにうまくスタートダッシュを決められるかが、記録を出すためのポイントですよね。すると、情報保障が不足していることで記録が伸び悩むなど、大会で感じる困りごとも多いのではないでしょうか。
門脇:たしかに過去の大会では、スターターのピストルの音が分からず、スタートに出遅れて、気持ちが落ち込んでしまったこともありました。とはいえ、これはあくまでも私の場合の困りごとで、ひとくちに「陸上競技のデフアスリート」といっても、その方のできること、できないこと、得手不得手は多種多様です。聴力もさまざまですし、手話のレベル、そもそも手話を使うかどうかや、「耳が不自由なこと」に対する考え方も千差万別なのです。一人ひとりに合わせたスポーツ環境の整備や情報保障を行うことが大切だと感じます。
久住呂:陸上の世界では、そういった課題があるのですね。逆に私は、サッカーをプレーしていて、耳が聞こえないことによる課題や壁を感じたことがありません。今も耳が聞こえる人たちの中でプレーしていますが、障害に関係なくサッカーができています。メンバーとお互いに補い合い、協力し合いながら競技に挑む“チームスポーツ”だからこそ、あまり壁を感じることがないのかもしれません。その点、植松さんは、スポーツをしていて感じる課題についてどう考えているのか気になります。
植松:僕は、聴覚障害や手話に関する知識が世の中に広まってきていて、今の時代は昔と比べても、聴覚障害のある人たちがスポーツに取り組みやすくなっているのではないかと思っています。僕が子どもの頃は、手話を知らない人も多かったですし、聴覚障害のある人がどんなことに困って、どんなことならできるのか、特性を知らない人も多かった印象です。だから、少年野球も少年サッカーも、どちらも僕の両親がコーチや監督に聴覚障害について説明し、チームに加えてもらっていた記憶があります。
――ちなみに久住呂さんは、選手活動の中では特に課題を感じることはないとのお話でしたが、日常生活の中では困りごとを感じる場面はあるのでしょうか?
久住呂:日常生活で感じる課題や壁は、たくさんあります。例えば、電車のアナウンスは聞こえないので、情報保障の仕組みが整っていないと、次の到着駅や出発時間などが分からず本当に困ってしまいます。あとは、日々の娯楽の中でも壁を感じることが多々あります。例えば、観たい映画があったとき、字幕付き映画の上映時間が全上映スケジュールの2日間しかなく、日程調整ができずに観られなかったこともありました。
植松:お笑いライブなどの臨場感が求められる場面で、リアルタイムに通訳ができる手話通訳者が不足しているのも、我々が感じる課題のひとつと言えるのかも。お笑いならではのリズムやテンポを手話通訳で再現するのは意外と難しく、聴者と同じタイミングで笑うことができないんです。おもしろい、楽しいという感情を周囲の人たちと共有できないのは、やはりもどかしいですし、エンターテインメントの広がりの観点から言っても、もったいないことだと感じます。
もっと身近なところでは、「家のつくり」も聴者に最適な仕様になっているものが多く、耳が聞こえない人の意見も取り入れながら設計をしてほしいと思うことが多々あります。家の中は、皆さんが思っている以上に“音”で合図を送るものばかりなんですよ。例えば、換気扇。ファンが回る強さによって「大」「中」「小」のボタンがありますが、僕の聴力では「大」であれば判別ができるのですが、「中」や「小」は違いが全く分かりません。音だけでなく、光で視覚的に換気扇の状況を知らせてくれる仕組みがあればいいのになと感じます。
そうした日々の小さい困りごとの積み重ねで、家は耳が聞こえる人に最適な環境なのだと思うことがよくあります。最近はバリアフリーな住環境も増えてきましたが、それと同じように、耳の聞こえない人が感じる困りごとを拾い上げて、多様な人が住みやすい家を実現してほしいなと思います。
――どのような仕組みや環境があれば、聴覚障害の有無にかかわらずスポーツを楽しみ、打ち込めるようになると思いますか?
門脇:最近は大規模な大会で増えてきましたが、スターターのピストルの音だけでなく、「スタートランプ」という光でスタートの合図を知らせてくれる装置をもっといろいろな大会で使えるようにしてほしいです。また、デフアスリートが出場する際は手話通訳者やアテンド担当者をつけるなど、音声情報を補足してもらえるような配慮もあると嬉しいなと思います。
久住呂:私の場合は、サッカーに対して求めるサポートはありません。競技が好きな気持ちがあれば、その競技を楽しめるし、打ち込めると思うからです。ただ、デフ女子サッカー日本代表として、合宿などに参加することも多いため、私のようなアスリートの活動に対して理解を示し、公欠や欠席した際の授業のサポートなどをしてくださるような学校が増えると、障害の有無に関係なく自分らしくスポーツに打ち込める学生が増えるのではないかと思うことがあります。
植松:合宿と言えば、国際大会などに向けた強化合宿の費用は、皆さんどうしていますか?僕が現役選手の頃は自費での負担も多かったものですが、最近はデフアスリートに対する助成金の支給やスポンサー契約も増えているので、門脇さんや久住呂さんはあまり自己負担をすることなく合宿や遠征などに行けているのではないかと思うのですが。
門脇:国内での合宿に関しては、助成金で費用をまかなえることが多いので、自己負担はほとんどありません。でも、国際大会に派遣される際は、移動費用などは自己負担になることが多いです。遠征費用の約3分の1は自費と言っても過言ではないかもしれません。陸上競技の場合は、スポンサーから物を提供していただくことがほとんどなので、どうしても費用面では自己負担が発生してしまいやすいのです。
久住呂:私も国内の合宿は基本的に自己負担なしで参加しています。一方で国際的な大会では、デフアスリートの活動費をどう工面すべきか、チームや選手の側で考えなければならないことも多いように思います。
植松:なるほど。お二人のリアルな話から、昔よりは環境がだいぶ良くなっているけれども、まだ課題が残されているということがよく分かりました。今の話を踏まえて思うのは、やはりデフスポーツにおいても、持続可能なスポーツ環境をつくるために、スポンサー契約なども含めた企業との連携のあり方をもっと模索していかなければならないということです。今年は東京で「東京2025デフリンピック」が開催されますが、この大会が終わった後、デフスポーツの環境をより良いものにしていけるよう、我々が自ら仕組みづくりに力を入れなければなりません。しかし、実は意外と、「デフスポーツの価値の上げ方や魅力」について深く理解している人は少ないように感じています。そのために現在、ほかのスポーツと比べると、企業などとの連携が比較的少ない状況にあるのではないでしょうか。
――植松さんは、デフスポーツの魅力や価値の上げ方をどのように捉えているのでしょうか。
植松:「デフスポーツが普及すると、共生社会の実現に一歩近づける」という点に、大きな価値があると考えています。デフスポーツに触れることで、多くの方が聴覚障害のある人たちをより身近な存在に感じることができますし、その中で「耳が聞こえない、聞こえにくい」とはどういうことなのか、困りごとやできることも含めて、実際のところを知っていただけるように思います。聴覚障害への理解が進めば、さまざまな場所で情報保障などの取り組みが進み、あらゆる人が暮らしやすい社会になっていくはずです。聴覚障害も含め、病気や障害は、決して他人事ではありません。すべての人が、ある日突然当事者になる可能性があるものです。だからこそ、さまざまな立場の人から意見を聞いて街や社会の仕組みをつくったほうが良い。その第一歩を踏み出すためのきっかけを、デフスポーツが作れるのだと私は信じています。
▲植松さん(写真左)の活動中の写真
【座談会・後編】小さな行動から社会を変えていく。デフアスリート3名が「アライアスリート研修」を受けて思うこと
用語参考
一般財団法人全日本ろうあ連盟 スポーツ委員会(2022). 「デフリンピックってなに?」(参照日付 2025年4月7日)
独立行政法人日本学生支援機構(2015)「教職員のための障害学生修学支援ガイド(平成26年度改訂版)」(参照日付 2025年4月7日)
文部科学省(2012)「1.共生社会の形成に向けて」(参照日付 2025年4月7日)
True Colors Festival(2021)「知られざる手話の世界」(参照日付 2025年5月1日)
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