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【座談会・後編】小さな行動から社会を変えていく。デフアスリート3名が「アライアスリート研修」を受けて思うこと
プライドハウス東京では現在、アライアスリートにライフストーリーやアライ(※1)になろうと思ったきっかけ、アライアスリート研修を受講して学びになったこと、今後の活動への想いなどについて伺うインタビュー企画を実施しています。
今回は、2024年にアライアスリート研修を受講したデフ(※2)サッカー指導者の植松隼人さん、陸上競技のデフアスリート 門脇翠さん、デフ女子サッカー日本代表選手の久住呂文華の3名をお招きし、座談会を実施。先日公開した前編では、デフスポーツの現在地や日本のスポーツ界に対して感じる課題について語らいました。後編となる本稿では、アライアスリート研修で得られた学びや、あらゆる人が暮らしやすい社会を実現するために必要なことなどについて、さまざまな観点からたっぷりと話し合っていただいたため、その内容をお届けします。
※1 アライ(ally):「同盟、味方」などを表す言葉。LGBTQ+当事者の味方として共に行動する人たちを総称してアライといい、LGBTQ+当事者もアライになることができます。
※デフ(deaf):英語で「聴覚障害がある」「耳が不自由」を意味し、日本では聴覚障害がある人を指す言葉として使われている。なお、欧米圏を発端に、単語の冒頭を小文字にするか、大文字にするかで言葉が表現するニュアンスが異なる。「deaf」は難聴・失聴の症状、身体障害の支援あるいは治療のため、医療補助や社会福祉を必要とする状態を指すが、「Deaf」は聴覚障害のある人への差別に対抗するカウンターカルチャーの意味合いを持つ。
デフアスリートの3名が、アライアスリート研修で得たものとは?
――皆さんがアライアスリート研修を受講したきっかけを教えてください。
門脇:国内のデフ陸上の環境を、LGBTQ+当事者の方々も含めた多様な選手が安心して競技に打ち込めるものに変えていきたく、研修の受講を決めました。この思いの背景には、私自身の失敗経験があります。以前、競技団体の運営に関わっていたとき、リレー種目において、「選手は同一のユニフォームを着用する」という競技規則が当時存在していました。(※2023年にその解釈が追加され、現在はデザインと配色が同一であれば選手によりユニフォームのタイプを選択可能。)そのため、女子選手に対し、上下セパレートタイプのユニフォーム着用を指示したところ、一部の選手から「このタイプのユニフォームは着たくない、抵抗がある」という声が上がってきたことがあったのです。知識が不足していた私は、この声で初めて、LGBTQ+当事者の選手の思いや日頃の困りごとなどを認識。もっと知識をつけ、学んだことを協会や競技環境に還元していかなければならないと感じたことが、受講の大きなきっかけでした。
植松:僕は友人に勧められたことがきっかけです。実はそれまでは、「アライ」「アライアスリート」という言葉や手話を知りませんでした。友人に研修の存在を教えてもらったことで、スポーツに関わる人間として知っておいたほうが良い知識なのではないかと直感。そのため、デフサッカーの選手仲間にも声をかけ、皆でいろいろなことを学ばせていただきました。
久住呂:私も「アライアスリート」という言葉は知らなかったのですが、周囲にLGBTQ+当事者の方が多かったことが、研修の受講を決めた最大の理由でした。かねてから、当事者の友人と交流を深める中で、LGBTQ+についてもっと知りたいと思い、自分でいろいろと調べていたんです。そんな時に友人から研修の存在を教えてもらい、人生の学びとしてさまざまなことを吸収できたらと思い、参加申し込みをしました。
――研修を通じて、特に印象に残っていることや学びになったことは何かありますか?
門脇:LGBTQ+当事者の選手が感じるスポーツの課題は、私たちが想像している以上に多い。これが、研修で得た最大の学びだと感じています。特に、自分らしく生きることと競技を継続することの両立が叶わず、競技を引退したLGBTQ+当事者の選手がいるという話は、私にとって大きな衝撃でした。また、いろいろな話を聞く中で、聴覚障害のある人とLGBTQ+当事者にはかなり似た部分もあるのではないかと思うようになりました。というのも、私たち聴覚障害のある人も、外見からでは障害の有無を判断できません。かつての私もそうだったように、周囲に障害を打ち明けることに怖さや抵抗を感じる人も大勢います。LGBTQ+当事者の方々も見た目では分からないからこそ、自分のアイデンティティを大切にすることと、周囲からの理解を得ること、社会の風潮などの間で大きく悩み、心を痛め、モヤモヤしてしまうのではないかと思いました。
植松:僕は研修を通じて、自分の視野が広がった実感があります。だれでもトイレや渋谷区の制度、勉強会など、街の中で行われているさまざまな取り組みに気づけるようになったのは、僕の中で大きな変化です。いままでは目に入っていても気にしていなかったものがたくさんあったことを、改めて実感しています。
久住呂:同感です。私も研修を受けてから、レインボーフラッグやレインボーカラーを見かけると、学んだ内容を思い出し、自分自身の振る舞い方などについて強く意識するようになりました。研修前後で、世界の見え方が変わってきたなと感じます。
植松:加えて、「社会に自分たちの言葉を伝え続ける大切さ」とも改めて向き合い、考えることができました。世界を見渡せば、「あらゆる人が自分らしく平和に生きられる社会」を実現するために、多くのスポーツ選手がさまざまな問題と向き合い、声を上げ、活動しています。最終的には個々の考え方に委ねられる部分はあるものの、デフアスリートにも、SNSを通じた情報発信など、より良い社会を作るためにできることがもっとあるように感じました。まだ具体的なアイデアには結びついていませんが、僕としては聴覚障害のことをより多くの方に知っていただきたいと考えているので、今回の研修で考えたことや感じたこと、学んだことを今後の活動に活かしていきたいです。
▲植松さんの講演時の様子
あらゆる人が生きやすい社会をつくるために
――LGBTQ+当事者も障害のある方々も、あらゆる人がスポーツを心から安心して楽しめる社会にするために、どのような仕組みやサポート、環境が必要だと思いますか?
植松:個人レベルと社会レベル、競技レベル、それぞれのレイヤーで取り組まなければならないことがあると感じます。デフスポーツ界での取り組みとしてはまず、目前に迫っている東京2025デフリンピックを成功させること。これに尽きるのではないでしょうか。以前、冬季パラリンピックのスキー選手に話を聞いたことがあるのですが、その方が言うには、1998年に開催された長野オリンピック・パラリンピックが大きな転機となって、街のバリアフリーが進んだり、社会全体で身体障害などに関する理解が深まったりした経緯があるそうです。今回のデフリンピックも、国内で聴覚障害への理解を深め、社会のあり方を変えるひとつのきっかけとなるかもしれません。
また、個人レベルで言えば、多くの方がSNSのより良い使い方を学び、考え方や思いを自分の言葉で発信し続けることも大切だと思います。SNSのリスクを加味しても、声を上げることで得られるもの、変えられることは大きいのではないでしょうか。SNSも含め、より多くの方が安心して自分のことを話し、周囲の方と交流を楽しめるような環境を作る必要があると感じます。
久住呂:植松さんもおっしゃっていたように、いちスポーツ選手としては、SNSなどでの発信は意識してやっていかなければならないと思っています。聴覚障害やLGBTQ+について興味を持ってもらうためにも、例えばイベント参加時にユニフォームにレインボーのエンブレムをつけるなど、一見すると小さく見える取り組みの価値を大切にしていきたいです。そうした地道なアクションの積み重ねが、いつか社会の変化につながればと願っています。
門脇:とても難しいテーマですが、お二人の話を聞いていて思うのは、やはり日頃自分が収まっている枠組みを超えて、意識して多様な人とコミュニケーションをとる必要があるということです。例えば、私の場合、耳が聞こえにくいからこそ、普段の暮らし方や考え方が似ている聴覚障害のある人同士で集まって、そこで日々の生活が完結してしまいやすいもの。ですが、この世界には国籍も障害の有無も、性も、暮らし方も、本当にいろいろな生き方があり、多様な人が存在しています。より多くの人が生きやすい社会にするためには、そうした多様な人の存在を認め、受け入れ、価値観や考え方を知って、自分の中に取り入れていくという姿勢が重要です。外に出て、いろいろな人と話し、新しい考え方を知る。そうした行動を、私たち一人ひとりが続けていく必要があるのではないでしょうか。その先に、あらゆる人がスポーツを楽しめる社会があり、植松さんが話していた「共生社会」の実現があるのだと思います。
▲門脇翠さんの講演時の様子
――アライアスリート研修での学びも踏まえて、今後どのように活動していきたいですか。目標をお聞かせください。
久住呂:アライアスリートとしては、研修で「些細と思える行動でも、何かを変えることができる」という言葉に感銘を受けたため、まずは今の私にできることから活動を始めていきたいです。例えば、サッカーのキャプテンマークや靴ひもをレインボーカラーにするなど、小さくともできるアクションがいろいろあると思います。私にできることを少しずつやっていくことで、アライとしてLGBTQ+当事者の皆さんに寄り添う気持ちが届き、今目の前の壁に悩んでいる誰かの心に少しでも希望を灯すきっかけとなれたらと、強く願わずにはいられません。
そしていずれは、LGBTQ+や聴覚障害について、社会の理解を深める活動もしていきたいです。小学校や中学校で講演する機会をいただくこともあるため、私に話せることを伝えながら、未来を担う子どもたちに社会のあり方や多様な人と共に生きることについて考えるきっかけを提供できたらと思っています。その意味では、私の活動の主軸であるサッカーを通じて伝えられることも多いと思うので、2025年秋の東京デフリンピックにも全力で挑みます。チームで世界一を目指して、引き続き頑張りたいと思います!
▲久住呂文華選手の競技中の写真
門脇:私はまだアライアスリートとしては具体的な活動ができていないのですが、今後はこうした座談会やインタビューの機会があれば、積極的に参加していきたいと思いました。これまでは、アライでありたいと思いながらも、以前は「アライ=LGBTQ+当事者」という周囲や社会からの誤解を招くことを避けるために、自分からの発信やレインボーカラーを使うことに対して躊躇していました。ですが、研修を通じて、自分の言葉で誠実に伝えることの重要性を実感したため、世の中のLGBTQ+に関する理解が深まるように、これからは自分の言葉でしっかりと発信をしていきたいです。
植松:アライアスリートとしての活動については、まだどんなことができるのかを考えているところなので、これからスポーツに携わる中で自分なりの活動の仕方を見つけていければと思います。ただ、今回の研修で学んだ内容は、サッカーの指導者として大いに活かせると感じました。昔はサッカーというと“男の子のスポーツ”というイメージがありましたが、最近は性別に関係なくサッカーをプレーする子が増えてきています。多様な性があるという前提のもとに、すべての子がサッカーを楽しめるような環境を作ることができれば、それはひいては未来の社会のあり方を変えることにも繋がっていくと思うのです。そのためには、僕のような男性コーチだけでなく、多様な立場の監督やコーチ、指導者を育成していく必要があります。僕一人でできることには限りがありますから、LGBTQ+当事者の方も含め、多くの方と助け合いながらより良いスポーツ環境を作っていけるように尽力したいです。いずれはLGBTQ+など、人をカテゴライズするような言葉がなくなる社会を実現できたら。そんな風に今は思っています。
■プロフィール
植松隼人/デフサッカー指導者、品川区公式デフリンピックサポーター
サインフットボールしながわ代表兼コーチ。日進工具株式会社所属。先天性の聴覚障害があり、小学生時代はスポーツに親しんで過ごした。2010年、デフフットサル日本代表に選ばれ、国際大会等で活躍。その後、デフサッカー日本代表コーチ、監督を経て、2023年にはデフサッカーW杯で準優勝という過去最高成績を残す。現在は、品川区公式デフリンピックサポーターとして、デフリンピックの啓発や、企業・自治体への講演活動などに従事。子ども向けサッカースクールのコーチと運営にも携わっている。
門脇翠/デフアスリート(陸上競技 100m、200m)
東京パワーテクノロジー株式会社所属。先天性の感音性聴覚障害がある。中学校の部活動をきっかけに陸上競技を開始し、2012年よりデフ陸上競技日本代表として活動。これまでに数々の代表選抜・受賞歴があり、2015年には「第8回アジア太平洋ろう者競技大会」では、100m走で1位、200m走で1位、4×100mリレーで1位に輝く。2016年の「第3回世界デフ陸上競技選手権大会」では、200m走で準決勝進出を叶え、4×100mリレーでは5位に入賞。現在は会社員として働きながら、デフアスリートとしての活動を行う。デフリンピック陸上競技100m走、200m走の日本代表候補選手。(取材当時)
久住呂文華/デフ女子サッカー選手
日本経済大学 経営学部 経営学科3年生。東京都出身。現在は同大学の福岡キャンパスに通っていることから、福岡県を拠点に活動中。3歳からサッカーに親しみ、小学4年生の頃にデフサッカーと出会う。2018年、「第4回アジア太平洋ろう者サッカー選手権大会」で、チーム最年少の中学2年生で日本代表に選抜。優勝を手にする。2022年に開催された「第24回夏季デフリンピック競技大会ブラジル2021」や、2023年の「第4回ろう者サッカー世界選手権大会」などに出場。現在は、「東京2025デフリンピック」出場に向けて活動中。(取材当時)
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