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【アライアスリート・インタビュー⑤】「ひとりじゃない」と伝えたい。トランスジェンダーを公表したデフ陸上選手・佐藤湊の想いとは

プライドハウス東京(PHT)では、2022年より、「アライアスリート」の輪を広げる活動に取り組んでいます。アライ(ally)とは、「同盟、味方」などを表す言葉。LGBTQ+当事者の味方としてともに行動する人たちを総称してアライといい、LGBTQ+当事者もアライになることができます。アライアスリートは、そのようなアライであることを公言し、スポーツ界から社会を動かすアクションを一緒にしていくアスリートです。

そうしたアライアスリートの育成・輩出にPHTとして取り組みはじめて早3年。今年、アライアスリートの人数が45名になりました。そこで、2025年度は、多様なアライアスリートの存在を知っていただけるよう、インタビュー連載を実施しています。全10回にわたり、各アスリートの来歴やアライアスリートになったきっかけ、活動内容などを取材。それぞれの想いをお届けします。

連載5回目は、デフ陸上選手として棒高跳びで活躍する佐藤湊さんにテキストインタビューを行いました。トランスジェンダー男性であることを公表している佐藤さんは、これまでどのような道を歩み、なぜアライアスリートになったのか。想いや考えを伺いました。

 

■プロフィール

佐藤湊(さとう そう)/デフ陸上選手

1995年生まれ、神奈川県出身。幼少期より感音性の聴覚障害があり、小学5年生でろう学校に進学。中学1年生で陸上部に入り、陸上競技を始める。やり投げ、走り幅跳び、100m走などを経験し、高校2年時に棒高跳びへ転向。高校3年時にはデフリンピックの日本代表に選ばれ、銀メダルを獲得。当時の世界ろうジュニア記録を打ち立てた。その後もコンスタントにデフリンピックに出場。現在はアスリート採用でルックスオティカジャパン株式会社に所属し、競技中心の生活を送る。

 

高校2年時に始めた棒高跳び。国内外の大会で活躍

——佐藤さんはデフ陸上の現役選手だと伺いました。

そうです。棒高跳びで国内外の大会に出場しています。

 

——2025年の戦績はいかがでしたか?

5月に開催された第22回日本デフ陸上競技選手権大会の棒高跳びで、2m80cmを飛んで2位でした。

 

——陸上競技はいつから始めたのでしょうか。

陸上を始めたのは、中学に進んでからです。僕は小学5年生から高校までろう学校に通っていたのですが、生徒数の少ない学校だったので、中学でできるスポーツ系の部活動が陸上部しかなく、必然的に陸上を選ぶことになりました。陸上部に入ってからは、100m走や走り幅跳び、走り高跳び、砲丸投げ、やり投げに取り組み、高校2年生の頃に棒高跳びを始めて、それからずっと続けています。

 

——なぜ最終的に棒高跳びを選んだのですか?

棒高跳びをやっている同級生が跳躍している姿を見て、楽しそうだと思ったこと。顧問の先生から「棒高跳びならデフリンピックに行ける。メダルも狙える」と勧められたこと。そして、テレビで棒高跳びの日本記録保持者である澤野大地選手の跳躍を見て興味が湧いたこと。これら3つの理由から、棒高跳びに挑戦してみようと思うようになりました。

 

——佐藤さんにとって、棒高跳びという競技はどんな存在ですか?

楽しくて、自分にプラスの影響を与えてくれるものだと思います。記録が伸びて、大会で良い成績を残せたときはやはり楽しいと感じますし、それまでできなかったことが少しずつできるようになることもワクワクします。それに選手として活動していると、国内外のいろいろな人と知り合い、話ができるのもおもしろいです。

 

——ちなみに、現在は現役選手のほかに何か行っている活動はあるのでしょうか。

講演活動を行っています。テーマは「デフリンピック」「ろう者・聴覚障害・手話」「LGBTQ+」について話すことが多いです。あとはデフ陸上競技協会からの依頼で子ども向けの陸上教室などを開催し、陸上のおもしろさを伝えながら、デフ陸上やデフリンピックについて知ってもらうきっかけを作っています。

 

 

悩む当事者が「ひとりじゃない」と思えるように。
トランスジェンダーの公表を決意

——佐藤さんは、トランスジェンダー男性(出生時に割り当てられた性上は女性だが、男性として生活している人)であることを公表されています。

僕は、生まれたときの性は女性です。でも、社会の中では男性でいるほうが自分らしいため、手術で胸をとって、今は男性として過ごしています。好きになる対象は特に決まっておらず、“人”を好きになりますが、これまで付き合ってきたのは女性でした。

 

——ご自身の性別に違和感を持ち始めたのは、いつ頃からだったのでしょう?

性別への違和感を明確に認識したのは、高校生の頃でした。でも、今振り返ってみると、幼少期からなんとなく、自分が女性側にくくられることに違和感があったのではないかと思います。例えば、幼稚園で使うバッグが男女で異なる色だったとき、自分が男の子と同じ色を持てないことを嫌がっていた記憶があります。七五三や小学校のランドセルなど男女で別の行動や持ち物を求められる場面でも、男の子と同じことがしたいと訴える子どもでしたね。

 

——学生生活や競技生活の中で困りごとなどはなかったのでしょうか。

小学校低学年までは特に感じていなかったです。ただ、学年が上がって男女別になる場面が徐々に増えてきたとき、「自分はこっち(女子側)にいたくないな」と思うことが多くなっていきました。具体的なシーンとしては、更衣室での着替えや修学旅行の部屋割り、お風呂、制服、スポーツで男女異なるデザインのユニフォームを着るときなどです。

 

——ご自身がトランスジェンダー男性であることを公表しようと決めたのは、どうしてですか?

自分と同じ思いをする人を少しでも減らしたかったからです。というのも、僕が中学生、高校生の頃はまだトランスジェンダーに関する情報は世の中に少なく、同世代の「ろうLGBTQ+」の人についてもどういう生き方、暮らし方をしているのかほとんど分からない状況でした。このままの環境が続けば、自分と同じように苦しい思いをする人が出てしまうかもしれない。そう気づいたとき、「だったら、自分が当事者であることを公表しよう」「誰かが自分のことを知ったとき、『ひとりじゃない』『同じ人がいる』と思えるように情報を発信しよう」と思いました。当事者として悩んだり、迷ったり、辛かったりする人が、少しでも安心できたり、ロールモデルとして参考にしてくれたりしたら。そう考えたことで、トランスジェンダー男性を公表することに決めました。

 

——過去にはインタビューなどで「Wマイノリティを生きている」と発言されていますよね。この言葉に込めた思いを伺いたいです。

「Wマイノリティ」という言葉自体はすでに世の中に出ている言葉だったので、オリジナルの意味を込めた特別な言葉として発したわけではありません。僕が「ろう者」であり、「トランスジェンダー」でもある。この状況を分かりやすく伝えるために、Wマイノリティという言葉を使っただけです。聴覚障害があることも、トランスジェンダーであることも、どちらもマイノリティと言われるもので、僕の人生にはこれら2つの要素が密接に絡み合っています。だからこそ分かる視点や考え方、行動を大切に、何かを伝えたり、行動したりしていきたいなと常々思っています。

 

アライアスリートとしての発信が誰かの力になることを願って

——佐藤さんがアライアスリートになろうと思ったきっかけを教えてください。

トランスジェンダーを公表しようと思った理由と近いかもしれません。世の中にあるさまざまな分野の中でも、特にスポーツは競技やユニフォーム、日頃のコミュニケーションなど、いろいろな場面で男女で分かれてしまう状況にあります。その状況に居心地の悪さを感じるLGBTQ+アスリートがいる、あるいは過去にいたことは事実です。実際、僕自身もスポーツの現場で”居づらさ”を感じたことがありますし、今でも感じることがあります。それでも棒高跳びをやめずに続けてこられたのは、ありのままの自分を受け入れてくれる人がいるからです。

男女という2つの性別に基づく判断や思考がまだまだ根強く残るスポーツ界の環境やシステムを、今すぐに変えることは難しいかもしれません。ですが、「あなたのことを否定しないよ」と、ありのままを受け入れ、発信することはすぐにでも実行できます。かつての僕と同じような人の力になりたくて、アライアスリートとしても活動しているのだと思います。

 

——アライアスリート研修で特に学びになったことは、何でしたか?

スポーツで男女別の文化が強いのはなぜなのかを歴史的な観点から振り返り、学べたのはとても勉強になりました。また、LGBTQ+当事者が他の競技でどんな状況にあり、何を感じているのかを知れたのも非常に学びになりました。

 

——佐藤さんは現在、アライアスリートとして何か活動はされていますか?

講演の機会をいただいた際には、自分自身が当事者であり、現役の陸上選手であることを伝えながら、この先の社会やスポーツ界に願うことを話すようにしています。加えて、そうした講演やそれ以外の日常の会話の中でふさわしくない発言があった時には、「その言葉で傷つく人がいる」ということを伝え、違う言い方があることを示すようにしています。

 

 

ラベリングを止め、目の前の相手としっかり向き合うことが大切

——佐藤さんの今後の目標をお聞かせください。

デフ陸上選手としては、今後のことは未定です。東京2025デフリンピックで棒高跳びが中止になってしまったため、4年後のデフリンピックを目指すかどうか、まだ考えられていないのが正直なところです。ただ、もしも競技を続けることを決意したら、「デフリンピックでのメダル獲得」を目指したいと考えています。

アライアスリートとしては、今後も誰かの“ありのまま”を受け入れられる存在でありたいです。誰かが感じている居心地の悪さを少しでも解消し、僕がいる場所から世の中に対して、多様な人が自分らしく過ごせるように意識を変えていけたらと思っています。

 

——ご自身の経験も踏まえ、あらゆる人が生きやすい社会にするために、今の日本にはどのような仕組みや意識が必要だと思いますか?

私たちは誰かとコミュニケーションをとるとき、ついつい「男女」や「障害者」、「LGBTQ+」といった人をカテゴライズする言葉で相手をラベリングして、そのラベルのフィルターを通して接してしまいがちです。ですが、性別や障害の有無、性自認、性的指向などを表す言葉は、どれもひとつのカテゴリでしかありません。その言葉だけが目の前にいる人を表すものなのかというと、そうではないと思います。ラベル分けをして、その範囲の中で相手と接するのは楽ですが、それを止めて相手をしっかりと見つめ、背景を想像して、理解して関わっていくことで、あらゆる人が生きやすい社会になっていくのではないかと思います。

 

——最後に、LGBTQ+当事者の方やLGBTQ+に関心のある方に向けてメッセージをお願いいたします。

自分を知ることと、他人を知ること。これは簡単なようで難しく、奥深いことだと思います。でも、ふとしたときにできるようになることもありますし、実は難しく考えすぎていただけということもあります。さまざまなことにアンテナを張って、いろいろな世界を、文化を、一緒に旅していきましょう。

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