• ソウマさんの手記「30年を共にした同性パートナーとの死別」 <闘病篇>

    ◆言葉を失った日

    カオルに「はやく起きて! 時間がもったいない」と言われ、ほとんど寝ていなかったにもかかわらず、私は無理やり起こされた。
    毎日2時間程度の睡眠にフルタイムの仕事、カオルの送り迎え。
    休みの日くらいはもう少し寝ていたいと思いながら台所で朝食の準備。つい「はーっ」と大きなため息をついてしまった。
    それに対して背後から「お疲れのようだねぇ」と。それが、カオルが普通に話した最後の言葉となった。

    私  「コーヒー濃すぎない?」(腹水と抗がん剤のため、好きだった濃いコーヒーが飲めなくなっていた)
    カオル「ちょうどいい」

    いつもなら、テレビから流れているニュースに対して嫌というほどカオルからのコメントが入るはずなのに、今日は黙々と食べるだけ。

    私  「今日はやけに静かだね」一瞬カオルは、とまどった顔をした。
    カオル「言葉……少し……」そこで止まってしまった。しばしの沈黙。
    私  「どういうこと?意味がわからないよ」聞いても答えず、カオルは食べ続ける。

    今日のスケジュールについて私が話すと簡単な合いの手は入れてくる。
    そのため単に体調が悪いだけで、まさか言葉が出なくなっているとは夢にも思わなかった。
    食後、月末に2人で出し合っている生活費を私に渡そうとしてきた。

    私「まだ、早いよ。月末でいいよ」

    そう言ってもお金を受け取るよう差し出してくる。今のうちに渡しておかなければと思ったのかもしれない。
    食後、2階に上がっていくカオル。

    私「どうして何も言わずに行っちゃうの?」

    カオルは、2階まで階段を上がりきったところで2~3秒私の顔を見たが無表情。何も答えず、そのまま寝室に行ってしまった。
    具合が悪いとはいえ何かしら言えるはずだと思い、やや腹だたしかったが、その時はまだカオルの急激な異変に私は気づいていなかった。
    カオルのパソコンを使いたいのでログインのパスワードを入力してほしいと頼んだが、2~3回入力しても正しくないと出る。仕方なく以前カオルから教えてもらったパスワードのメモを探してきて見せると、カオルは「そうだった」という表情になる。普段使い慣れているパソコンのパスワードを何度も間違えるなんてことがあるのだろうか。
    そういえば、朝、カオルから生活費を渡されたときも簡単な数字の計算をまちがえていた。もしかして脳に異常が起きているのでは?
    昼過ぎあたりから、カオルの体温は39度くらいまで上がった。汗もひどい。解熱剤を飲んでも全く下がらない。血圧は何度測っても上の数値が100を下回っている。さすがにこの状態はまずい。
    がんセンターに連絡をとり状況を話すと、救急車で連れてくるよう指示された。

    救護士「お名前は?」
    カオル「カネコ、カネコ…」
    救護士が確認を求める表情で私を見る。
    私 「ちがいます。カオルです」
    そこでカオル自身もハッした表情になる。

    がんセンターに到着後、急遽入院。
    カオルは、相手の話は全て理解できているが、言葉がうまく出てこない状態。
    だが、私が泊まって付き添うことは許されず、カオルを病院に入院させ、一人深夜に帰宅した。