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【アライアスリート・インタビュー⑥】周囲に当事者がいたから。デフサッカー國島佳純がアライアスリートになった理由

プライドハウス東京(PHT)では、2022年より、「アライアスリート」の輪を広げる活動に取り組んでいます。アライ(ally)とは、「同盟、味方」などを表す言葉。LGBTQ+当事者の味方としてともに行動する人たちを総称してアライといい、LGBTQ+当事者もアライになることができます。アライアスリートは、そのようなアライであることを公言し、スポーツ界から社会を動かすアクションを一緒にしていくアスリートです。

そうしたアライアスリートの育成・輩出にPHTとして取り組みはじめて早3年。今年、アライアスリートの人数が45名になりました。そこで、2025年度は、多様なアライアスリートの存在を知っていただけるよう、インタビュー連載を実施しています。全10回にわたり、各アスリートの来歴やアライアスリートになったきっかけ、活動内容などを取材。それぞれの想いをお届けします。

連載6回目は、デフフットサル・デフサッカー選手の國島佳純さんにテキストインタビューを実施しました。國島さんがアライアスリートになった理由や現在行っている活動などについて、詳しく伺います。

 

■プロフィール

國島 佳純(くにしま かすみ)/デフフットサル・デフサッカー選手

愛知県出身。株式会社ドリームインキュベータのアスリート社員として活動中。兄の影響で5歳からサッカーを始め、小学6年生の頃に障害者としては初となるユース育成のナショナルトレーニングセンターに選出される。中学生から23歳までは卓球選手として活動。ユースのデフ日本代表に内定するが、コロナ禍の影響を受けて大会が中止に。その頃、当時のデフサッカー監督と縁が繋がり、サッカーに復帰。デフサッカー女子として2022年の第24回夏季デフリンピック競技大会に出場し、4位入賞を果たす。その後、デフフットサル女子で数々の大会の優勝や入賞を獲得。2025年開催の東京2025デフリンピックでは、デフサッカー女子で準優勝に輝く。

 

『東京2025デフリンピック』で銀メダルに。デフサッカー女子のゴールを守る國島選手

——デフサッカー・デフフットサルの選手として活躍する國島さん。2025年はデフサッカー女子で『東京2025デフリンピック』に出場し、準優勝に輝きました。銀メダルを獲得した心境をお聞かせいただけますか?

今回出場した『東京2025デフリンピック』は、デフリンピックの歴史が始まってから100年目という大きな節目の大会でした。そうした特別な大会でメダルを獲得できたことは、やはりとても嬉しいです。

私は普段、フットサルをメインとして活動しています。そのため、正直に言えば、デフサッカー女子チームの一員としてデフリンピックに行くことは想像すらしていませんでした。でも、結果として全試合に出場し、貴重な経験をさせていただきました。会場ではホームベンチが埋まるほど多くの方が観戦してくださっていて、あの時の光景は一生忘れられない特別な思い出です。

決勝では、15年間無敗のアメリカに惜しくも敗れてしまいました。でも、日本のデフサッカー女子チームが誕生してから、過去20年にわたって国際大会でメダルをとれずにいたので、史上初のメダル獲得に貢献できたことは本当に誇らしい気持ちです。

——國島さんがサッカーを始めたきっかけは、何だったのでしょう?

兄の影響です。5歳からサッカーを始め、約6年間、プレーしました。小学6年生の頃には、ユースを育成するナショナルトレーニングセンター制度のメンバーにも選ばれたことがあります。ただ、ろう学校の中学部に進学するタイミングで、一度サッカーを中断。卓球部に入り、23歳までは卓球に専念していました。

 

——そうだったのですね。サッカーに復帰したのは、いつ頃ですか?

23歳の時です。当時のデフサッカーの監督から声をかけていただいてサッカーに復帰し、ブラジルで行われたデフリンピックに出場しました。

 

——そこからデフフットサルとデフサッカーで選手生活を続けているのですね。ちなみに現在は、現役選手のほかに何か行っている活動はあるのでしょうか。

デフサッカーやデフリンピックをより多くの方に知っていただくために、体験会や講演会に登壇しています。日本ろう者サッカー協会(JDFA)や東京都など行政からの依頼を積極的に引き受けながら、講演登壇者としての経験を重ねているところです。

 

——まだデフサッカーに触れたことがない方に向けて、競技の魅力をお話しいただけますか?

デフサッカーは「音のないサッカー」とも言われていて、耳の聞こえる方がデフサッカーを体験すると、ほとんどの人が「難しい!」と声を上げます。だからこそ、耳の聞こえない仲間同士で信頼関係を築き、ゴールを生み出せたときは、喜びが大きいです。私自身はデフサッカーをプレーするとき、ゴールキーパーを担当しています。ディフェンダーとの連携で相手チームの攻撃を止められた瞬間は、やはりとても気持ちいいです。

 

スポーツの現場で1人でも多くの当事者の力になりたい。アライアスリートになったわけ

——國島さんがアライアスリートになろうと思ったきっかけを教えてください。

デフフットサル関係者も含めて周囲にLGBTQ+当事者が多いこと、個人的にもLGBTQ+に関する正しい知識を得たいと思ったことから、アライアスリート研修の受講を決めました。

 

——アライアスリート研修で特に学びになったことは、何でしたか?

さまざまな過去の事例を学び、アスリートからの発信は非常に大きな影響力を持つことを改めて感じました。また、社会の中でLGBTQ+に対する理解が少しずつ深まり、最近では選択の自由を求める活動が増えていますが、法律や憲法ではまだまだ性的マイノリティの方の自由が制限されてしまう状況についても、詳しく学ぶことができて良かったです。

加えて、スポーツの現場でLGBTQ+当事者の90%が同性愛嫌悪やトランス嫌悪に直面し、重大な問題を抱えているというデータを見た時には、あらゆる人のポテンシャルを「環境」が壊してしまう現状に本当に悲しい気持ちになりました。そうした環境要因で周囲に困っている人がいないか、改めて目を向けるようになったのは、研修受講後の変化です。

 

——國島さんは現在、アライアスリートとして何か活動はされていますか?

大きな活動はしていませんが、「アライアスリート」の存在を会話の中で出すように意識しています。LGBTQ+などに関する知識がまだ浅いので、どのようにアクションすべきか悩むこともありますが、まずは身近にいる友人やチームメイトとのコミュニケーションを通じて、多様なアスリートが生きやすい環境づくりを心がけています。

 

——國島さんは今年、『ろうLGBTQ+の世界~15人が語るライフストーリー~』の書籍制作に向けたクラウドファンディングで応援メッセージを届けていましたよね。この活動をサポートしたきっかけについても、お聞かせください。

同じ時期にアライアスリート研修を受講したデフアスリート仲間から声をかけてもらったのがきっかけです。研修でもアスリートからの声明は大きなインパクトを持つことを学んだので、デフアスリートとして、ろうLGBTQ+当事者の方々の力になれればと思い、賛同の応援メッセージを送らせていただきました。

 

——國島さんの周囲にも、ろうLGBTQ+当事者の方はいらっしゃいますか?

います。その方から以前、当事者としての苦労について話を聞いたことがあります。

 

——ろうLGBTQ+当事者の方には、具体的にどのような苦労があるものなのでしょうか。

その方が話していたのは、親へのカミングアウトが一番の壁だったということでした。その方は親に自分のことを伝えた際、「聴覚障害がある上に、今度はLGBTQ+という障害まであるの?」と、偏見を持たれてしまったそうなんです。自分の性自認や性的指向をきちんと理解してもらうために、相当な時間がかかったと話していました。

その話を聞いて、まずは多くの人がLGBTQ+について知ることが大切だと実感しました。日本ではまだLGBTQ+への理解度が低いこともあり、特にスポーツ界では窮屈に感じている選手も少なくないはずです。きれいごとかもしれませんが、アライアスリートとして1人でも多くの悩めるアスリートの力になりたいと思っています。

 

デフアスリートとして伝えられることを多くの人に届けたい

——國島さんの今後の目標をお聞かせください。

デフアスリートとしての次の目標は、2027年にオーストリアで開催される冬季デフリンピックで金メダルを獲得することです。デフフットサル女子だけが、まだデフリンピックでメダルを獲得できていないため、「必ず金メダルを獲得すること」を第一目標に掲げ、日々の練習や試合を頑張っていきます。

アライアスリートとしては、さらに知識をつけていきたいと考えています。そして最終的には、イベントなどに登壇し、デフアスリートとして発信できることや伝えられることを多くの方に届けていきたいです。

 

——ご自身の経験も踏まえ、あらゆる人が生きやすい社会にするために、今の日本にはどのような仕組みや意識が必要だと思いますか?

私自身、これまでスポーツを通じて、多様な価値観や背景を持つ人と関わってきました。その中で感じたのは、性別や障害、立場に縛られずに一人ひとりが自分らしく生き方を選択できる「自由」がもっと認められる社会が必要だということです。社会の中にある「こうあるべき」という固定観念を減らし、違いを否定せず尊重する意識が広がることで、誰もが生きやすい社会の実現につながるのではないかと思います。

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