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【アライアスリート・インタビュー⑦】ボクシング世界5階級制覇・藤岡奈穂子が語る、同性パートナーとの歩みと「スポーツから社会を変える」という覚悟
プライドハウス東京(PHT)では、2022年より、「アライアスリート」の輪を広げる活動に取り組んでいます。アライ(ally)とは、「同盟、味方」などを表す言葉。LGBTQ+当事者の味方としてともに行動する人たちを総称してアライといい、LGBTQ+当事者もアライになることができます。アライアスリートは、そのようなアライであることを公言し、スポーツ界から社会を動かすアクションを一緒にしていくアスリートです。
そうしたアライアスリートの育成・輩出にPHTとして取り組みはじめて早3年。今年、アライアスリートの人数が45名になりました。そこで、2025年度は、多様なアライアスリートの存在を知っていただけるよう、インタビュー連載を実施しています。全10回にわたり、各アスリートの来歴やアライアスリートになったきっかけ、活動内容などを取材。それぞれの想いをお届けします。
連載7回目は、日本人初ボクシングで世界5階級を制覇した、元ボクシング選手の藤岡奈穂子さんにインタビュー。藤岡さんの来歴や、元シュートボクシング選手・高橋藍さんとのパートナー関係、誰もが生きやすい社会の実現に対して思うことなどについて、率直に語っていただきました。
■プロフィール
藤岡奈穂子(ふじおか なおこ)/元ボクシング選手、ボクシング世界5階級制覇チャンピオン
宮城県出身。実業団のソフトボールチームでキャプテンを経験。5年ほどプレーした後、24歳の頃にボクシングに転向。アマチュア選手として世界選手権等で経験を積み、2009年にプロテストに合格。34歳でプロデビューを果たす。2010年に初代OPBF東洋太平洋女子ミニフライ級王座に輝き、2017年まで世界タイトルマッチを5つ制したチャンピオンとして、日本人初のボクシング世界5階級制覇を成し遂げた。2025年末には日本人女性、アジア女性初の国際ボクシング殿堂入りが決定。現在は順天堂大学大学院でスポーツマネジメントを中心にスポーツ関連の学びを深め、女子向けのアカデミー設立に向けて邁進中。
保守的な地元で自分らしさを隠しながら過ごした過去
——藤岡さんは24歳の時、ソフトボールからボクシングに転向されたそうですね。なぜ性質の大きく異なる種目に移ったのでしょうか。
一生続けたいと思っていたソフトボールを中途半端にやめてしまったので、失った自信を取り戻したかったのが、ボクシングを始めた大きな理由です。
ソフトボール選手をしていた頃、まだできたばかりの実業団に所属していました。自分は第1期のメンバーとしてキャプテンも務めていたのですが、チームに所属して5年が経った頃、いろいろなことが重なって「ここにいるのは別に自分でなくてもいいのではないか」と思ってしまったんです。
それでチームを辞め、次は誰にも代わりを務められない、自分にダイレクトに結果が返ってくる個人競技を始めたいと考えるようになりました。そんな時、町の広報誌でたまたまボクシングに興味がある人を男女問わず募集しているのを見かけて。女子でもボクシングができると知ったことで、試合への出場を目標にアマチュアから競技を始めました。
——藤岡さんは学生時代から社会が求める「女性らしさ」に違和感や息苦しさを感じていたと、過去のインタビュー記事で拝見しました。
そうですね。物心ついた頃から、キャッチボールが好きだったり、母親に伸ばさせられていた長い髪が嫌だったりと、女の子っぽくはなかったです。大人になってからは、スカートが制服の職場は選ばず、物流業界の企業など男性が行くような職場に勤めていました。そういう選択肢の狭さや生きづらさを、常に何となく感じていましたね。
——宮城県にある出身地域は保守的な空気があったそうですが、そうした中で自分らしさが損なわれていく感覚もあったのではないでしょうか。
おっしゃる通り、「誰かに決められた型の中で生きていかなければいけない」という感覚はありました。自分や周囲をごまかしながら日々を過ごしていたような気がします。男女が結婚するのが当たり前という考えが主流の地元だったので、あのまま地元に居続けていたら、自分は「ちょっと変わっている人」という見られ方をしていたのだろうなと思います。
そういう空気の中で生きていたからこそ、スポーツが無意識的に逃げ場となっていたのだろうなと。当時はそこまで深く考えてはいませんでしたが、今振り返れば、そんな風に思いますね。
——なるほど。スポーツをしている時は、自分らしくいられたのですね。
そうです。あとは、スポーツをやっていることが、見た目をボーイッシュにしている理由になっていました。周囲の人に自分の性的指向や自分自身の表現の仕方を明かさずとも、「あの人はスポーツをやっているからボーイッシュなんだよね」と納得してもらいたかったのかもしれません。
——すると、ボクシングは藤岡さんにとって天職のような競技だったのでしょうか。
そうですね。きっとボクシングに呼ばれたのだと思います。
「想像以上に祝福してもらえた」
高橋藍さんとのパートナー関係を公表して
——ここからは、元シュートボクシング選手の高橋藍さんとのパートナーシップについて伺えたらと思います。お二人が出会ったのは、2015年に開催されたシュートボクシングの大会だったそうですね。
自分と藍には共通の後援者がいたのですが、その方に女子シュートボクシングの大会観戦に誘っていただいて、そこで初めて藍と知り合いました。試合が終わった直後、後援者の方に藍を紹介してもらったんです。その後、藍のほうから打診があり、一緒にボクシングの練習を重ねるようになりました。
——藤岡さんは、高橋さんのどんなところに惹かれたのでしょう?
なんでしょうね……最初は恋愛感情を抱いていなかったのですが、お互いのことを知るうちに、藍は底抜けにポジティブで一緒にいたらおもしろそうだなと感じたのが大きいかもしれないです。自分はどちらかというと、暗いほうの人間なので。
——先日、高橋さんにインタビューをさせていただいたのですが、たしかに考え方がとてもポジティブで明るい方だなと感じました。
うん、藍は本当に“ネアカ”です(笑)。うちの天照と呼んでいるのですが、性格が明るい上に、めちゃくちゃ晴れ女なんです(笑)。
——なるほど(笑)。お二人が一緒にいるとちょうど良いバランスなのですね。
そうですね。性格的に真逆だからこそ、バランスがとれているのだと思います。
——2025年5月には、お二人のウェディングパーティーを開催され、パートナー関係を公表されました。周囲の反響などはいかがでしたか?
思っていたよりもたくさんの方に祝福の言葉をもらうことができました。そして、藍との関係を公表したことで、出会う方に自分たちのことを個別に説明せずとも良くなったので、気持ち的にも楽になりましたね。
——藤岡さんの地元は保守的な部分があったからこそ、パートナー関係を公表することに対して、藤岡さんの中に葛藤などがあったのではないかと想像していました。実際のところは、どうだったのでしょうか。
気持ちの負担はかなりありました。正直に言えば、ウェディングパーティーの開催が決まるまで、藍とパートナー関係にあることを父親にすら言えていなかったんです。母親はもう亡くなっているので伝えられないのですが、父親に自分のマイノリティな部分を伝えるのには大きなためらいがありました。
——高橋さんとのパートナー関係を伝えて、お父様はどのような反応をされたのでしょう?
自分の心配とは裏腹に、すんなりと「良かったね」と受け入れてくれました。父親は逆に自分がずっと一人でいることをすごく心配していたようで、「藍ちゃんがパートナーとして側にいてくれるのなら」と、とても安心してくれていました。自分のことを打ち明けられたことで、これまでよりも父親との関係が良くなって、コミュニケーションがとりやすくなりましたね。父親はウェディングパーティーにも参加してくれて、ドレスコードとして黄色いものを身につけてくるようお願いしたら、気合いを入れて黄色いネクタイを着けてきてくれました(笑)。

カリフォルニア州で花嫁同士の結婚を経験
——2022年9月、藤岡さんのボクシングの関係で渡米され、現地で結婚の手続きをされたと伺いました。
実は結婚の手続きをすることは全くの予定外だったのですが、パスポートさえあれば誰でも手続きができると聞いて、滞在していたカリフォルニア州オレンジカウンティで書類の提出と簡易的な挙式をしました。
——アメリカで実際に結婚を実現されて、どのようなお気持ちでしたか?
アメリカ在住ではないので、何か特別な恩恵を受けられるわけではないのですが、それでも自分たちのことを認めてくれる場所があるのだというのはひとつの気づきでしたね。そもそもアメリカで結婚をしようと思ったのは、ボクシングのためでした。自分がアメリカで試合に出るのなら、藍とパートナーとしてビザを取ったほうがいろいろと都合が良かったので、手続きをしようと決めたんです。最終的にビザを取得することはなかったのですが……。
現地では、家庭裁判所で手続きをして、裁判所内の簡易的な教会で挙式をしました。自分たちの申請を受け付けてくれた女性が牧師を務めてくださり、2人で花嫁として式を挙げました。
——花嫁と花婿、どちらになるかを選べるということですか?
そうです。受付で「花嫁と花婿、どちらか選べるけれどどうする?」と聞かれて、藍は花嫁を選んだのですが、自分は現地で一瞬迷ってしまって。でも、すぐに決めなければいけなかったので、気がつけば「花嫁で」と言っていて、花嫁同士で結婚の誓いをしました。
——アメリカでの結婚を経験して、LGBTQ+をとりまく制度や社会の雰囲気などに関して、日本と違う部分などがあればお聞きしたいです。
カリフォルニア州には、LGBTQ+を当たり前のように受け入れる文化がありました。アメリカは広いので、全土でそうした空気があるかは分かりません。しかも、昨年1月からは保守的な考え方のトランプ大統領が2期目の政権を開始しましたから、現在のアメリカには、自分たちが経験したものとは全く異なる空気が流れている可能性もあると思います。
スポーツの世界から社会を少しでも変えられたら。
格闘技を学ぶ女子向けアカデミーの設立を目指す理由
——日本では、まだ同性婚が認められていません。
11月末の東京高等裁判所の判決でも、同性婚を認めない現在の法律は「合憲」という判決が出ましたよね。あれを見て、同性婚の実現に向けた歩みが後退してしまったなと感じています。LGBTQ+に関連する政策や法律が、その時の政治の状況に左右されてしまうのは本当に悔しいところです。
——合憲の判決理由には、古くから続く家族観が色濃く反映されているように感じました。
同性婚が実現したとしても、誰かに危害が加わるわけではありません。全員が必ず同性婚をしなければいけないわけでもない。ただ、選べる選択肢がひとつ増えるだけです。日本ではそのあたりの理解が進んでおらず、不安や懸念を示す声が大きくなってしまいやすいと感じます。
——「同性婚ができなくても、自治体のパートナーシップ制度を使えば良いのでは」といった声もよく耳にしますよね。
同性同士でパートナー関係にある人たちが婚姻関係を結びたいと考えるのは、「愛を深めるため」というような理由ではないんですよ。一番は、パートナーが命の危機にさらされたとき、病院などで自分にできる行動が限られてしまうので婚姻関係を認めてもらいたいんです。
自分と藍は、2024年末に東京都の「パートナーシップ宣誓制度」を申請しました。制度を利用しようと思ったのも、パートナーシップの証明書をもらうことで、お互いがかけている生命保険の受取人をお互いの名義に変えたかったからです。結果として、自分の生命保険は受取人を藍に変えられました。でも、藍の保険は受取人などいくつかの項目で自分でOKな領域と、親や兄弟でなければNGな領域とがはっきりと分かれてしまいました。自分と藍が婚姻関係だったら、そうした事態は起こらなかったと思います。
——現在の日本をあらゆる人が暮らしやすい社会に変えていくために、どのような仕組みや意識が必要だと思いますか?
最近の日本には、以前よりも排他的な空気が色濃く漂っているように感じます。
大学院でセーフガーディング(※1)やセーフスポーツ(※2)を勉強したことで、誰もが安心して過ごせる環境をつくるためには、やはり個人の道徳心に頼るだけではダメだと考えるようになりました。組織のシステムや制度そのものを変えていく必要があるのだと思います。具体的にどのような仕組みが必要なのか、まだ考えはまとまっていないのですが、抽象的な「個人の気持ち」というものに任せきりにするのではなく、社会の中で自然と回っていく仕組みが求められているのではないかと感じます。
——そうした仕組みを整えるためには、やはり選挙で意思表示をすべきなのでしょうか? それとも、自分の住んでいる地域など、身近なところでできるアクションから始めるべきなのでしょうか。
もちろん選挙に行くことはとても大切ですが、一定の知識が求められる行動なので、まずは自分のいる場所でできることから始めるのが良いのではないでしょうか。
その観点で言えば、自分はスポーツから社会を変えていけたらと考えています。スポーツは子どもの頃から触れる人が多いですし、スポーツ経験を通じて多様性なども含めたいろいろな感覚を養っていければ、大人になってからも自分の考えをしっかりと持って、行動できるようになると思うんです。子どもたちがスポーツを通じて様々な学びができる環境をつくるためにも、大学院でスポーツマネジメントのゼミに所属しながら、いろいろなことを学んでいます。
——学んだことを活かして、今後具体的にどのような環境をつくりたいと考えているのですか?
藍と二人で、女子を対象にした格闘技のアカデミーを作りたいと考えています。格闘技は、精神的なトラウマを持っている人を含めて、精神衛生上に良いということが論文などで明らかになっているんです。なので、女の子たちに格闘技を学んでもらうことで、自分の身を守れる自信をつけたり、人やモノに依存しなくても良い強い気持ちを作ってもらえたりすることができたらと思っています。
加えて、アカデミーの中でハラスメントの知識なども学べるようにするつもりです。そうすれば、セクハラやパワハラにも対処しやすくなり、知識がないためにセクハラをされていることが分からず、後になって傷ついてしまうといった事態を防げるようになると思うので、学校の勉強だけではない、社会で生きていくために必要なものが得られる場所を作っていきたいです。
——最後に、LGBTQ+当事者の方やLGBTQ+に関心のある方に向けてメッセージをお願いいたします。
自分は最近まで、当事者であることを公表できていませんでした。なので、これまでLGBTQ+当事者として活動を続けてこられた方には心から感謝の気持ちをお伝えしたいです。自分たちの権利をしっかりと守るためにも、少しでもアクションを起こしていかなければいけないと感じています。LGBTQ+の中にはいろいろな立場の方がいますが、やれる領域で多くの方と力を合わせて、現在の状況を前に進めていけたら嬉しいです。
そして、自分たちの周りで応援してくださる方々の存在は本当にありがたいものです。ぜひそのまま温かく見守っていただいて、もしよければ、一緒に活動してもらえたら心強いなと思います。
※1 セーフガーディング:子どもや弱い立場にある人々の人権、安心、安全を守る環境づくりのこと。
※2 セーフスポーツ:スポーツに関わるすべての人が身体的・精神的暴力、性的虐待、ハラスメント、差別などの人権侵害から守られ、安心・安全にスポーツを楽しめる環境のこと。
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